第1話 ナゾの言語の命のFAX

ここは通訳・翻訳を請け負うエージェントのオフィス。
私はここに入社してまだ間もない。
正直いって、まだ馴染めない。
翻訳コーディネーターの先輩たちはカラフルでボディーコンシャスなミニスカートのスーツをまとい、コーヒーを片手に、前髪をかきあげながら、外人スタッフと流暢に打ちあわせをしている。
バイリンガル校正のスタッフたちは、エキセントリックな装いで、話しかけてもあまりにも不愛想。
とにかく皆近寄りがたいオーラを放っている。
しかも新卒者は採用しない会社なので、同期の新入社員というのがいない。
新人は私一人なのだ。
でも、学生時代から夢みていた通訳・翻訳の現場で働けるようになったのだから、とにかく頑張ろう。

そんな ある日のことだ。
一枚のFAXが流れて来た。見慣れない文字。しかも手書きだ。翻訳も請負う広告代理店からの翻訳依頼だ。FAXはいくつかのオフィスを巡って来たらしく、文字はかすれ、FAXの送信記録が紙の隅に幾重にもおりかさなっていた。翻訳業界ではよくあることだ。自分のところで手に負えなくて他のエージェントにマタ振りする。そのエージェントも手に負えないということになると、更にマタ振りするのだ。まるで病院をたらいまわしにされる難病の患者さんのようにだ。

「先輩、これ何語かわかりますか?」
FAXを受け取った担当コーディネーターもさすがにわからなかった。
言語がわからなければ、翻訳スタッフに手配することさえできない。
とりあえず、先輩コーディネーターにきいてみた。
「あら、これはXXX語よ。」
「えー!そんな言語できる翻訳者いるんですか?!」
「うちに登録している翻訳者だと、2人だけいるわ。でも2人だけしかいないから、今すぐに連絡がつくかどうか確実じゃないわよ。スケジュールが空いているかどうかも何ともいえないし・・。とにかく電話してみて。・・・あと、クライアントの御希望の納期はいつかしら。翻訳者が少ないからクイックレスポンスは難しいから。」
「大丈夫です。急いでいないからスタッフに合わせるっておっしゃってました。」
「OK!じゃあ速攻この2人に電話してみて。」

電話をしてみると、片方の翻訳者の登録の電話番号は既に使われていなかった。登録したものの翻訳の依頼が来ないから引越しても新しい連絡先をエージェントに知らせていないのだ。まあ、無理はない。最後の望みを託したもう一方の翻訳者が留守電に応えてくれたのはその日の夕方だった。

「いつでしたら翻訳上がりますか?一枚だけなので、対応していただけると助かるのですが・・・。」
「そうですね。今抱えている仕事の合間にかたずけちゃうようにしてみます。あさっての朝の仕上がりでも大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫です。では、すぐにFAXで転送しますね。」
たらいまわしにあったFAXはかくして翻訳者の手元に届き、コーディネーターもほっとした。これであとは和文になった原稿を待つばかりだ。

・・・と思ったのは束の間、さっきの翻訳者から電話が入った。
「このFAXの内容をクライアントは御存じでしょうか?」
慌てた口調だ。でも何でそんなこと言うんだろうと思った。
「もちろんわかってなんかいませんよ。何語かもわからずに、いくつもの翻訳会社をたらいまわしになっちゃった原稿ですから。それに手書きで読みにくいですしね。」
「だったらすぐにクライアントに連絡してあげて!この人の国で戦争が始まりそうだから、出国できるうちに出国したいそうなの。そして、この手紙に書いてある鈴木さんっていうかたをたよりに日本に来たいから連絡をとりたいっていうFAXなの!しかも日付が数週間前なの!かなり長い間ねかされちゃったみたいだから、とにかくクライアントに大至急伝えてあげて!翻訳料はいらないから!」
おりしも世間では、その国の紛争を盛んに報道している最中だった。間に合わなかったのだ!コーディネーターも青ざめた。

その知らせは、クライアント経由で、その鈴木さんというかたご本人にすぐに伝えられた。

後からわかったのだが、その後もうFAXの送り主との連絡はとれなかったということだった。誰にも読めなかったFAXは、いのちのFAXだったのだ。
翻訳の仕事は時に人の人生も左右する仕事なんだ・・と私は凍りついた。

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何の言語かわからないからといっているようではプロの翻訳コーディネーターにはなれません。
入社したての私は、まず原稿が何語で書かれているか判断できるように勉強を開始。
その時使用した教材は指差し会話帳。
いろいろな言語の文字、いろいろな国のアウトライン、基本単語がイラストで楽しくわかるので通勤時間やお風呂時間にながめてました。



私はスペイン語学科出身なのですが、同じスペイン語の国でも、メキシコ、キューバ、スペインなど国ごとになっているので、国によって言い方が違うこともわかっておもしろいんです。


ワールドカップ対応版、恋愛版、グルメ版などおもしろい視点のものもあるので集めたくなってしまいます。






イタリアの会社に転職した友人に勧めたら、かなり気にいって、必要なページをカラーコピーしてヴィトンのシステム手帳にファイルしていつも持ち歩いて勉強していたのはこれです↓。


今はDSソフトで音声もついているバージョンもあるからもっと便利。



posted by Emico at 18:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳現場のプチ事件
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